漫画図書館スタッフの諸澤正俊です。
「火事と喧嘩と一番纏い。そいつは俺等に任せておきな」。ある歌の文句である。
私は幼い頃から、消防士になるのが夢であった。夢が叶い高校卒業の秋から、東京消防庁に採用されることになっていた。ところが直前に母が隠れてしまい、家族の為に田舎に残る決心をした。すると父から、「男が決めたことだ、夢を叶えろ!!」と寝具一式を餞別に追い出されてしまった。
9月1日、奇しくも防災の日に、晴れて消防学校に入校した。晴れては、直ぐ曇りになり、やがて土砂降りとなった。
消防学校の訓練の厳しさは、予想をはるかに超え、夜逃げも出るほどであった。
そして飯が不味い。その不味い飯も、訓練が本格化するとガツガツと食べるから不思議である。私は信州の山奥から這い出してきた田舎者。都会人に対する強い劣等感を、消防学校を首席で卒業することで払拭しようとした。
結果、目標は達成出来なかったが、まずまずの成績であった。
消防士にとって必要な資質は、「機転が利く」である。多様な現場で的確な判断と迅速な行動が求められる。「新米はデビュー戦で全く役に立たない」が定説である。消防車一台の小さな出張所に、新人として配属された時である。仮眠中に騒がしいので起きると、通信士以外は誰もいない。私は出動命令に気付かず、置いてゆかれたのだ。その私に通信士は笑いながら、「火事場はすぐ近くだ。防火服を着て走れ」、と言う。火の手に向かって、野次馬と競走するしかなかった。現場にも慣れたころ、「火事ねえかなー」とうっかり待機室で呟いてしまった。近くにいた班長に聞かれ、「消防士がなにを言ってるか」とこっぴどく怒られた。全くもってその通りである。
署内に火災発生のアナウンスが流れて出動である。けたたましいサイレンの中、上半身を車の外に出して、旗を振りながら、「退け退けー」と対向車を停める。今はやらないようだが、この役がたまらなく好きであった。
現場に着くと、め組の一番纏いのようにはゆかないが、どんな強風でも風下から進入し、火点と対峙して決して退かない。現場に生きる男の意地と喜びの一瞬である。今日は9月1日、防災の日である。「一筆啓上火の用心、お仙泣かすな、馬肥やせ」 合掌