多聞院お寺の漫画図書館スタッフの諸澤正俊です。
今年10月、久しぶりに帰省した。
ここ4年間はコロナ禍で、すっかり故郷の山ともご無沙汰だし、我が家での『従兄妹会』も開催出来ないでいる。
10月は父親の五十回忌祥月にあたり、弟夫婦と追善回向の法要を勤めた。法要の後3人で、親父の思い出話しの時を過ごした。
親父は64歳の早逝だったが、様々な人生哲学を遺してくれている。
ここ2年間で母方の従兄2人が隠れたが、自分の法務で葬儀の参列が叶わなかった。
墓参の前に実家を訪ねて読経をさせて頂いた。母親の実家や村内には、懐かしい思い出が今も沢山残っている。
従兄の奥さまは涙を浮かべながら、嫁いでからの思い出を語ってくれた。
墓地に行き2人の墓前にて読経して、次の予定地に向かう。
私は今74歳だが、この歳になると同級生の訃報が時々届き、寂しい思いをする。
数年前から、隠れた同級生の墓参を計画していたが、
なかなか実現出来ずにいた。
今回はM子さん、Y子さん、Y君の墓参を予定し、無駄のないスケジュールを立てる。
前日にM子さんの自宅に連絡し墓所を尋ねると、ご主人が、「有難いです。ただ私は腰を悪くしていて、墓前にご一緒出来ない」とのこと。
翌日訪ねると、法衣姿の私に、「お寺さんはお願いしていないが」と、言い出さんばかりである。
息子のお嫁さんが用意してくれたと言う、花、線香、水、杖を車に積んで、「腰は何とかなりそうなので、是非お供したい」とのこと。
墓参のあと、「家に寄って、妻の話しをして欲しい」との申し出があり、1時間ほどお邪魔させて頂いた。
Y子さんは大学生の時、お父さんと一緒に事故で隠れてしまった。彼女の家は村から五キロも離れた山奥にあり、近くに我家の農地が沢山ある縁で、一時家族的な付き合いをしていた。
小さい頃彼女と、ドラマ缶の風呂に入った思い出もある。
寺院内墓地なので、お寺さんに挨拶を済ませてから、お参りをした。
墓参の遅れを詫びながら、短かった父娘の人生に思いが及び、自然と胸が熱くなった。
Y君の実家に事前連絡をすると、「今お墓を改装中で、お骨が収まっていない」とのことである。
来春の墓参となった。
村内に禅宗の古刹『貞祥寺』があり、世話になった叔母のお墓がある。
地の利の都合で、両親の墓参より頻度が高くなるが、
「ここで皆さんご一緒に」何て、都合の良いことを時々お願いしている。
南無阿弥陀仏 至心合掌