多聞院お寺の漫画図書館スタッフの諸澤正俊です
私の所属する浄土宗観智院(増上寺山内)は毎年8月1日から5日まで、諏訪唐沢山阿弥陀寺で修養会を開催している。
念仏と法話が修養の中心だが、歴史が古く念仏の聖地となっている。
私は1日、2日と法事を受けていたので、2日夕方の夕食時間に合流した。
修養が食事から始まることに、少し後ろめたさが有ったが、「法事の後頑張って駆けつけた」と言うことで、自身の良心に許してもらった。
あるご婦人の夕食のテーブル上に、籠に盛られた葉物に目が行った。春菊?、ほうれん草?、芹?、違うなー。
私:「それは何ですか?」
ご婦人:「たんぽぽの葉です‼️」
私:「たんぽぽの葉って食べられるんですか?」
ご婦人:「はい、美味しいです。身体に良いし」
ご婦人2:「諸澤さん、修行と思い食べて見なさい」
私:「、、、?」
物は試しってことで、春に田舎の家の庭で咲き乱れる、たんぽぽを思い浮かべながら口に含んでみたのだか、その不味ことと言ったら。
人前でなかったら私は、多分ゴクンしなかっただろう。
翌日の朝もご婦人は、本堂前のたんぽぽの葉を一生懸命に摘んでいる。
見たところ西洋たんぽぽのようで、「西洋を日本が食い尽くすか」と、頭が落語バージョンに。
唐沢山から下山して東京に帰る列車の中で、①たんぽぽは食用可能か?、②古代の「若菜摘み」にたんぽぽは含まれていたか?、について調べ始める。
結果、食用は可能で漢方薬にもなり、根っこはコーヒーの代用になるようだ。
「若菜摘み」にたんぽぽが含まれていたか否かはハッキリしなかった。
含まれていたら、あの額田王や宮廷の女官たちが、あの美味しくないたんぽぽを、一生懸命に摘んでいる姿を想像して笑えたのだが。
たんぽぽについて研究中に、楽しい俳句に出会った。
「たんぽぽの ぽぽと絮毛の たちにけり」作 加藤楸邨
ぽぽに意味は無いのだが、初音と重ねることでリズミカルになり、たんぽぽは春先の黄色、ぽぽは白くなった綿毛をイメージさせている。
俳句を繰り返し読みながら、たんぽぽの絮毛に強く息を吹き掛けながら、家路を急いだ小学生時代を思い出していた。
















