多聞院お寺の漫画図書館スタッフの諸澤正俊です。
実りの秋である。作物に限らず人間の夢も希望も、「実る」ことは努力の結果なので、嬉しいことだ。
「報われない努力なんて無い。結果の形が違うだけである」と、オリンピックを観ていて思った。
先日山梨の親戚からぶどうが届いた。立派な巨峰で、
「高いんだろうなー」何んて、つい俗ぽいことを考えてしまった。いけないイケナイ。
早速仏前に供えて相伴させて頂いたが、甘くて美味しいし、種がなくて食べやすい。
丹精込めて作り上げた、農家の皆さんの努力に、同じ農家の出として思いをよせた。
私は農家を継ぐ意志など全く無いのに、農業科に進んだ。退屈でサボった授業が多かったが、学んだことも多少はある。
皆さんは、種無しスイカの種の作り方をご存知でしょうか?。
専門的なことを省いて結論を申しますと、染色体数を薬品(コルヒチン)によって調整してつくる。
この方法を発見したのは、日本の遺伝子学者である。
ぶどうの種無しは花の満開期とその後の2回、植物ホルモンのジベレリン液に房を浸すと種無しとなる。
ミカン、パイナップルなどに在る「単為結実性」(受粉しなくても実を付け、その個体は種を作らない)を利用している。
ひらたく言うと、「受粉をさせない」のである。
私は元来作物や花の品種改良に対して懐疑的である。
「ぶどうに種がなくて、食べやすかった」と書いたが、植物の受粉行為を阻害してまで、手に入れたい便利さではない。
幼少期のおやつだった「アケビ」は種の塊で、食べるところは少ないが、種を口から吹き出すのも楽しいものであった。
草花の品種改良も盛んで、種苗会社だけでなく、畑違いと思われる会社も、新品種を生産している。
ビジネスとして成立するのである。
ある時桔梗の苗を多聞院に植えた。
成育を楽しみに観察していたが、一向に大きくならず、低い位置で花が咲いてしまった。
知らずに矮性(わい化剤処理で成長を抑制)の苗を買っていたのだ。
最近は夏の代表花木である、百日紅にも矮性がある。
花に色が有るのは、虫や小鳥にアピールして、受精を
しやすくするためである。花達は自分の都合で、花の色を選んでる。
花の色は自体に含まれる酵素によって決まり、その酵素は遺伝子によってコントロールされている。
2004年、青いバラが彗星のように登場した。
バラやカーネーションには、そもそも青色を作り出す酵素が無い。
そこでパンジーの青色遺伝子を注入して、青色のバラを初めて地球上に誕生させた。
胡蝶蘭の花言葉は「幸せが飛んでくる」であるが、
花達が本当に幸せであれば良いのだけれど。