多聞院お寺の漫画図書館スタッフの諸澤正俊です
私の生まれ故郷の佐久市前山に、室町時代の前山城主伴野貞祥の開基による、古刹曹洞宗貞祥寺がある。私と同世代の人々にとっては、馴染み深い懐かしいお寺である。
幼稚園、小学校の遠足、中学校の部活活動、若い人達のデート場所にもなっていた。
美しい藤棚のそばに余り知られてはいないが、
第二次世界大戦の戦没者慰霊の意と、世界平和を願う「回天の碑」が建てられており、脇には特攻潜水艇「人間魚雷回天」の模型が展示されている。
「回天.」の創始者であった仁科少佐が、この村の出身であることの縁による。
私の父は沖縄戦の生残りである。
妹の嫁ぎ先の書店から、勝手に本を借りてきて読んでいたが、戦記を読みながら時々涙を浮かべていた。
私に遺した戦争に関する言葉は、
「人と人が殺し合う、いかなる戦争にも正義はない。存在する正義は、為政者の都合で生み出されたものだ」
であったが、悲惨な戦争体験者の言葉として非常に重い。
アメリカ、イスラエルが引き起こした、今回のイラン戦争に私は断固反対する力による現状変更は国際法違反であるし、かつて、「核開発はしない」との約束が有ったとしてもやり過ぎある。大国の横暴と言っても良い。
力を持つ人や国は、常に謙虚であるべきである。
得られた国力は自分達の努力だけで生み出された訳ではない。
売れる商品を持っただけては利潤は発生せず、それを買って消費した人々がいるからである。
得た富は売り手と買い手が、共に生きて行ける社会の創生にも回す義務がある。
「自分の国以外が核兵器を持つことは脅威になる」。何とわがままな理論だろうか。
どこの国が核兵器を持っても、人類の未来にとっては脅威なのである。
新たに核武装を目指す国に対して、既に核兵器を持つ国がそれを止めたいならば、「我々も核兵器を減らしてゼロに近づけるから、新たな核武装はやめようよ」で有るべきだ。
「呉越同舟」と言う言葉がある。
敵だ味方だと同じ舟の上で争っていても、嵐が来て舟が沈んだら、両方とも終わりになる。
この小さな「地球舟」上には、人類が滅亡するのに充分な核兵器が既に存在する。
各国の指導者は叡智を集めて、地球舟が沈まない方法について、語り合うことが急務である。
私達は33代約千年遡るだけで、85億9千万人の先祖を数える。生命誕生の40億年前から、連綿と受け継がれた地球上の生命を、今もこの先も、人間が葬ってはならない。
「宗教は時の権力と、適切な距離(法は説くが庇護は受けない)を保つべき」が私の持論である。
人を殺す武器を売って、強くて豊かな国になるよりも、実の無い、水ぽい味噌汁を飲んでいる方が私は幸せである。














