多聞院お寺の漫画図書館スタッフの諸澤正俊です。
先日久しぶりに里帰りをした。
越冬後の水回りを確認することが目的だったが、高校時代の同級生達と会食して、懐かしいひと時を楽しみながら、故郷の有難さを再認識した。
長野県の県歌はご存じ『信濃の国』である。
信濃の国は十州に境連ぬる国にして
そびゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し
松本 伊那 佐久 善光寺 よろづの国こそなけれ
物さわに にぎはふなる
「この歌を歌えない人は長野県人にあらず」と揶揄されるほど、県下では有名な歌である。
戦国時代にこの山紫水明の我が故郷を、草刈り場のように荒らしまわったのは、上杉謙信と武田信玄である。
先祖さま達が、甲州から武田勢が下って来れば平伏して、越後から上杉勢が登って来れば手揉みをしていたので、私には日和見の遺伝子が流れている。は、18歳で東京に出てから、時々使う自虐ネタである。
2年ほど前に、道友として仲良くして頂いている上杉家研究の第一人者である加澤昌人氏から、
「上杉謙信は領地拡大のために、信濃国に進軍したのではない。頼まれて救済のために川中島の合戦となったんですよ」
と教えて頂き、「うっそー、そうなの?」と、目から鱗が10枚位落ちる思いがした。
その後私なりに、歴史書を紐解いてバラバラにして見たが、まだ確定的な歴史的事実を得られていない。
確かに北信濃の村上家から上杉家に、援助を求めてはいるようだが、謙信だって他国を助ける目的だけで、犠牲を共なう軍隊を派遣しない。
武田信玄が信濃国を平定したら、自分の領地と接してしまうので、それを避けるために、村上家及び信濃国人を先陣として利用したのだろう。
故郷を愛するにわか歴史家として、非常に興味のある歴史の1ページである。
実は加澤昌人氏の先祖も信濃源氏で、小諸市と佐久市にまたがる御牧が原付近が領地だったようだ。私とは遠い親戚になるかも知れない。
縁ですなー。
7月26日、14時、江戸川区立小松川図書館で、加澤昌人氏の講演会が有ります。(下記のポスター参照)
興味ある皆さんは是非お出掛け下さい。私も質問を沢山用意して参加する予定です。















